第71回OFC講演会
演題
日本経済の課題とチャンス 今こそゲーム理論を活用せよ!
開催日時/場所
2025年5月28日(水)午後6時30分~ /中央大学駿河台キャンパス19階 カフェ『Good View Dining』
講師
大阪大学大学院経済学研究科 教授 安田 洋祐 氏

講演要旨
ゲーム理論は、世の中の複雑な事象をゲームに置き換えて分析することで、さまざまな課題を解決しようという学問です。経済学や政治学、社会学、コンピュータサイエンスなど、多くの分野で応用されており、この理論を使って新しいマーケットをデザインするような研究を私も行っています。
具体的にゲーム理論がどう役立つのか、「新商品に適切な値段をつける」というケースで考えてみましょう。メーカーが新商品を発売するとき、消費者に「いくらまでなら買いますか」と質問したとします。消費者は、少しでも安く買いたいという思いから、自分が許容できる最大の価格より安めの値段を答えてしまいます。ならばもっと精密に適正価格を知る方法はないか、ということで開発された手法がBDMオークションです(BDMはこの手法を考案した3名の研究者の頭文字です)。
この手法では、メーカーがあらかじめ価格(y円)を決め、それを伏せたままで被験者に自分が出したい金額(x円)を決めて入札してもらいます。被験者のつけた値段がメーカーの価格よりも高ければ、y円で落札することができ、低ければ取引は行われません。落札できたとき、被験者は自らが選んだ価格x円ではなく、自分が直接変えることができないy円を支払う、というのがミソです。
このルールの下では、自分の商品に対する最大の許容額を正直に伝えることが被験者にとって一番得になることが知られています。メーカーはBDMオークションを使うことで、潜在的な消費者たちから新商品に対する価値を聞き出し、新商品の適正価格が導けるわけです。
私が共同創業者となっている株式会社エコノミクスデザインでは、この手法を市場全体の需要予測と組み合わせたサービスを、大手飲料メーカーなどに提供しています。
次に、時間の流れがあるゲームの勝ち方を導く方法について伝授しましょう。ここでは、二人のプレイヤーが1から順に数字を読み上げていき、25を言ったほうが負けになるという、数字の数え上げゲームを考えます。各プレイヤーは、最低でも1つ、最高で3つまでの数字を数えることができます。このとき、先行または後攻に必勝戦略はあるでしょうか。
ゲームを解くカギは、バックワード・インダクション、すなわちゲームを後ろから遡る(バックワードの)思考法です。自分が勝つ、つまり相手に25を言わせるためには、自分が24で終えればよいです。そして、自分が24を言うためには、ひとつ前のラウンドで20で終えればよいことが分かります。なぜかというと、相手が21から23までのどの数で終えても、自分は必ず24を数えることができるからです。同様にして、自分が20を言うためには16を、16を言うためには12を、という形で4ずつ数字を遡っていくと、最初のラウンドで4で終えることができるプレイヤー、つまり後攻が勝つことが分かります。このゲームでは、仕組みさえ知っていれば、後手必勝だったのです。
以上は、ごく単純なゲームを使った必勝法の導き方でしたが、世の中の複雑な事象をゲームに置き換えてみると、戦略を立てたり状況が把握できたりすることが少なくありません。ざっくり言うと、ゲーム理論はそのような分析を経済や政治といった現実社会に実装することで、課題を解決しようという学問なのです。ちなみに私は、この数え上げゲームを、棋士の藤井聡太さんとプレイしたことがあります。藤井さんが「1、2」と読み上げ、私が「3,4」と返すと、一瞬の沈黙の後、彼は「負けました」とおっしゃいました。彼ほどのゲームの達人になると、必勝法はすぐに分かってしまうのですね。
最後に、ゲーム理論を応用したマッチングの問題を考えてみましょう。どの研修医をどの病院に割り当てるかという、研修医の配属問題を扱います。実際に日本や米国などで用いられている割当方法は、発案者であるゲイルとシャプレーの名前を取って「GSアルゴリズム」と呼ばれています。GSアルゴリズムでは、各研修医が希望順位の高い病院から順番に応募していき、拒否されると次に高い順位の病院に応募します。各病院は、応募者の中から最も順位の高い研修医を暫定的に受け入れ、後からより魅力的な研修医が応募してきたら、そちらに乗り換えることができる、という仕組みです。
こうして導かれるマッチング結果は、効率性や安定性などの望ましい性質を必ず満たすことが知られており、GSアルゴリズムは2012年にノーベル経済学賞を受賞しました。この仕組みは、研修医配属だけでなく、組織における従業員の部署配属や、大学の学科・ゼミ選択など、幅広く応用が期待できます。現実をゲームに置き換えることで社会課題を解決していくゲーム理論。ますます進む理論の発展と現実への実践に、ぜひご注目ください!
*この講演要旨は、OFC事務局の責任で編集したものです。